ハイライト

  • 欧州では、2027年までにロシア産ガスの輸入を段階的に廃止することが義務付けられた。これは政策主導による急激な構造転換である。市場参加者は、限られた時間の中で、地政学的圧力や供給制約にさらされながら、代替ガスの調達対応を余儀なくされている。
  • こうした環境は、すでにガス及びLNGの契約実務に変化をもたらしている。インフラ上の制約や供給確実性への懸念を背景に、交渉は急速に進められ、当事者間の交渉力のバランスが変化する中で、供給・輸送等を一体的に組み合わせた契約スキームや、従来のひな型に依拠した条項への依存が強まっている。
  • その結果、契約リスクは、明白な条項上の欠陥よりも、複数の契約間の不整合から生じるケースが増加している。相互に連関するサプライチェーン全体においてリスク配分を想定通り維持するためには、早期かつ体系的な法的検討が不可欠となっている。

2026年3月2日

A. イントロダクション

欧州が、長年にわたって続いてきたロシア産ガスへの依存から、事実上一気に脱却しようとしていることが正式に明らかになった。2027年末までにロシア産天然ガスの輸入を全面的に停止するという欧州の決定は、ここ数十年の欧州エネルギー市場において、最も大きな構造転換の一つに位置付けられる。市場関係者にとって、もはや問題はロシア産ガスが欧州市場から退出するかどうかではなく、その退出を極めて短い期間の中でいかに管理するか、そして、その急激な移行が、契約実務、供給関係、さらには市場全体におけるリスク配分の在り方をどのように変えていくのかという点に移っている。

この移行は、単にそのスピードが早いというだけでなく、商業的な合理性と同程度に、政治的な要請によっても進められている。代替ガスの確保や長期契約の見直しが進むにつれ、調達戦略は十分な検討余地のないまま短期間で組み立てられ、交渉力の構図も変化し、これまで以上にインフラ上の制約が前面に現れるようになっている。こうした状況下では、契約実務の仕組みそのものも変わる。そして、契約の仕組みが変われば、リスクの所在もまた変化する。

パイプラインガス及び液化天然ガス(以下LNG)市場における取引案件と紛争対応の双方に携わってきた当事務所の経験からすると、実務上、最も大きなリスクは、往々にして、一見して明白な契約書の欠陥からではなく、むしろ、時間的・交渉上の制約の下で締結された契約に埋め込まれた、細かな不整合の積み重ねにより生じる。安定した市場環境では問題なく機能していた条項であっても、市場の変動性、規制介入、あるいはオペレーション上の混乱にさらされることで、脆弱性が 露呈したり、場合によっては実務上機能しなくなったりすることもある。このため、早い段階での規律ある法的検討と契約構造の設計が、決定的に重要となる。

本稿は、こうした視点を踏まえ、欧州によるロシア産ガスからの急速な代替進行に伴って生じる市場への影響及び契約上のリスクを検討するものである。構成は以下の四部から成る。第一に、ロシア産ガスの段階的廃止を義務付けるEU規則の主要な内容と、すでに適用が開始されている規則遵守体制の概要を整理する。第二に、この政策転換が、欧州のガス市場における交渉環境や交渉力の構図にどのような変化をもたらしているのかを検討する。第三に、調達サイクルの短期化、インフラの停滞化、代替供給をめぐる競争の激化といった要素を含め、現在進行中のガス契約実務における構造的変化を分析する。最後に、こうした環境下で顕在化しやすい主要な契約リスクの類型を示すとともに、それらを事前に予期し、適切に管理するための実務上の対応策を提示する。

B. ロシア産ガスからの脱却を加速させるEUの最近の政策措置の概要

2026年1月26日、欧州議会及びEU理事会は、ロシア産のパイプラインガス及びLNGのEU向け輸入を段階的に廃止することを内容とする規則を、その他の措置と併せて採択した1

本規則は、ロシア産天然ガスの輸入を段階的に廃止することを基本方針としている。EU向けのロシア産パイプラインガス及びLNGの輸入に関する新規契約の一律禁止は比較的早い時期、具体的には3月18日から実施される。一方、一定の既存ガス契約については、事前の承認を条件として、少なくとも2026年末まで引き続き有効とされる2。しかしながら、2027年からは、ロシア産ガスの輸入は全面禁止となる。具体的には、2027年1月1日からLNGの輸入が、同年9月30日からはパイプラインガスの輸入が、それぞれ禁止されることとされている。なお、本規則は例外的な措置として、輸入事業者が、当該数量を現実的に代替することができず、その結果として供給の安定性に重大な支障が生じることを立証できる場合には、ロシア産LNG及びパイプラインガスの輸入のいずれについても、期限を2027年11月1日まで限定的に延長する余地を認めている3

本規則には、執行に関する規定も盛り込まれている。具体的には、EU域外から調達されるガスについて、加盟国は、当該ガスのEU向け輸入を認可するに先立ち、その原産国を確認することが義務付けられている4

本規則はさらに、違反に対する金銭的制裁措置の整備を加盟国に義務付けており、当該制裁金の上限が一定水準以上となることを義務付けている。

  • 個人に対する制裁金については、上限を少なくとも250万ユーロとすることが求められており、加盟国は、これを上回る上限額を設定することもできる5
  • 企業に対する制裁金については、上限額を、以下の三つの金額のうち最も高い金額を下回らない水準としなければならないとされている。
    • 直前の会計年度における当該企業の全世界年間売上高の3.5%
    • 4,000万ユーロ
    • 対象となる天然ガスの取引量及び当該ガスに関するTTF(Title Transfer Facility *欧州ガス価格指標)スポット(デイアヘッド *前日市場)価格に基づいて算定される推定取引額の300%6

これらの制裁金の水準は極めて高額であり、規制の潜脱を強く抑止する明確な意思を示すものとなっている。

さらに本規則は、各国の刑事法の適用を妨げるものではないことを明示的に規定している7。そのため、本規則(及びこれを施行する加盟国の国内法)に基づいて科される制裁金に加え、各加盟国の法制度に基づく刑事罰が追加的に科される可能性もある。

本規則は、2月2日にEU官報に掲載され、翌2月3日に発効された。これにより、本規則は、すべてのEU加盟国において直接適用されることとなる。

今後の対応として、すべてのEU加盟国は、遅くとも3月1日までに、ガス供給源の多角化に向けた国家計画を策定するとともに、ロシア産ガスの代替に当たって予見される課題を特定することが求められている8。この要請を踏まえ、企業は、ロシア産ガスに関する既存契約が残存している場合には、その内容について、欧州委員会及び本拠地国の所管当局に通知することが義務付けられている9

C. ロシア産ガスの段階的廃止が、すでに欧州ガス市場に及ぼし始めている影響

欧州がロシア産ガスへの依存を代替供給によって解消しようとしている背景には、経済合理性やエネルギー安全保障の観点と同程度、あるいはそれ以上に政治的な要因が作用している。世界のガス市場が、単なる需給関係だけでなく、地政学的な圧力によって益々左右されるようになっていることは、決して驚くべきことではない。実際、主要なガス生産国、とりわけ米国は、欧州のこうした動きを、自国のソフトパワー上の影響力を強化し、エネルギー外交を展開すると同時に、市場シェアを拡大し、EU域内の買い手との長期的な商業関係を定着させるための戦略的機会として捉えている。

この動きは、米EU間の相互的で公正かつ均衡の取れた貿易枠組みに関する共同声明にも明確に反映されており、同声明では、LNGを含むエネルギー輸出が大西洋横断的な協力関係の中核をなす柱として位置付けられている10。共同声明において、EUが「2028年までに、総額7,500億ドル相当の米国産LNG、石油及び原子力関連エネルギー製品を調達する意向」であると言及されている点は、関連する市場参加者に対する経済的価値の大きさを強く印象付けるものである。EUによる調達の具体的な数量や時期については今後の政策動向や市場環境の変化に左右され得るとしても、これは米国の政治的な意思と野心の表れでもある。

また、EU加盟国やEU域内の買い手は、ロシア産ガスを代替する義務を負うにとどまらず、特定の国・地域や特定の供給者から代替ガスを調達することについて、政治的又は戦略的なインセンティブに直面することもある。こうした動きは、すでに以下の注目すべき事例に見ることができる。

  • 2025年9月、TotalEnergiesは、米テキサス州南部に所在するLNGプラント計画(リオ・グランデLNG)の第4トレインを開発するジョイントベンチャーに10%出資することについて、NextDecadeと合意した11
  • 2025年11月、米国のLNG生産者であるVenture Globalは、スペインの輸入・販売事業者Naturgyや、新設されたギリシャの輸入事業者Atlantic–SEEなどを供給先とする、複数の長期LNG供給契約を締結したことを発表した12
  • 2月3日、Mercuriaは、Commonwealth LNGから年間100万トンのLNGを20年間にわたり購入する売買契約を締結するとともに、これに対応する数量の天然ガスについて、Mercuria Americasとのガス供給契約を締結したことを発表した13

また、ロシア産以外のガス供給が無尽蔵に存在するわけではないという点にも留意する必要がある。最近の取引事例が示すとおり、こうした限られた供給をめぐる買い手間の競争は、欧州の買い手がすでに直面している高い緊張感を伴う交渉環境を、さらに厳しいものにする可能性が高い。このような競争は、欧州域内にとどまるものではないと考えられる。インドなどの他の主要市場においても、ロシア産の石油・ガスへの依存を大幅に低減、場合によっては解消するよう圧力が強まる中、世界各地の買い手が、必要な供給量を確保するため、短期間で交渉された長期契約を通じて調達を急ぐ動きが広がる可能性がある。

したがって、ロシア産ガスの代替をめぐる交渉は、限られた時間枠、政治的圧力、そして競争の激化が重なり合う、極めて高い緊張下の環境で進められる可能性が高い。次節で詳述するように、こうした状況は、当事務所の経験上、買い手にとって必ずしも望ましくない契約条件に落ち着いてしまうリスクを大きく高める。というのも、買い手は、市況の落ち着きを待ったり、より有利な条件を粘り強く交渉したりすることが困難、場合によっては事実上不可能となるからである。

D. 今後の展開:ガス契約実務における構造的な変化

政策主導による欧州ガス市場の再編は、いまやガス契約がどのように交渉され、構成され、実行されるかにまで、直接的な影響を及ぼし始めている。この変化の次の段階は、単に契約交渉がより迅速かつ高い緊張感の下で行われるようになるというだけでなく、契約のあり方そのものが、質的に異なるものへと変化していく局面にある。

本来、段階的に進められていたはずの調達戦略は、近時では一括して実行されるケースが増えている。買い手は現在、代替ガスの確保、インフラへのアクセスの確定、下流取引の交渉を同時並行で進めることを迫られており、多くの場合、価格動向や市場の安定性について十分な見通しを得る前に意思決定を行わざるを得ない状況に置かれている。その結果、供給判断を市場シグナルの変化に照らして慎重に調整するという方法は、もはや多くの場面で利用できない。

このような動きは、LNG市場において特に顕著である。LNGでは、液化能力に限りがあり、かつ段階的に整備・稼働されることに加え、新たな生産設備・系列へのアクセスを確保するためには、長期供給契約が求められることが多い。その結果、市場参加者は、最適な価格条件や精緻なリスク配分よりも、調達のスピードと供給の確実性を優先する傾向を強めている。

同時に、契約上の供給確保だけでは、実際の供給は保証されない。ロシア産ガスが欧州の供給システムから退出していく中で、実務上の関心は、契約に基づき確保した代替ガスを、必要な時期・場所において確実に輸送し、荷揚げし、再ガス化した上で、配管網に注入できるかどうかへ移っている。その結果、LNG船の確保やそれに伴うチャーター契約、再ガス化能力やターミナルの受入枠の確保、特定ターミナルにおける混雑状況や優先順位ルール、配管網への接続容量、さらには下流インフラとの接続性といった要素は、もはや付随的な物流上の論点ではなく、契約・取引全体を左右する中核的な商業上の検討事項となっている。

これらの制約を背景に、上流の供給契約に加えて、輸送、再ガス化、その他のミッドストリーム関連サービスを組み合わせた、いわゆるバンドル型あるいは「パッケージ型」の取引スキームへの依存が強まっており、同時に、下流での販売についても並行したタイムラインで進められる傾向が見られる。このような契約構造は、契約チェーンの一部において実行確実性を高め、一定のインターフェースリスク(責任の境目が不明確になってしまうリスク)を低減する効果を持ち得る一方で、意図せずリスクを特定の主体に集中させたり、異なる準拠法や規制制度に服する複数の契約間に、複雑な相互依存関係を生じさせたりするおそれもある。後述するように、例えば、下流のLNG販売契約において、米国の法制度(ニューヨーク法など)に代表されるコモンロー法制と、EU加盟国の法制度(スイス法など)に代表される大陸法系の法制を組み合わせようとする試みは、リスク配分の不整合や、当事者が自己の権利義務を適切に管理する能力の低下を招く余地を生じさせることとなる。

契約締結スピードの加速により、交渉期間も一段と短縮され、十分に練られた精緻な条項を起草する余地が失われつつある。その結果、本来の取引内容や新たな環境下で想定されるリスク配分を必ずしも適切に反映していない可能性のある、過去の契約例、市場標準のひな型、定型契約書、あるいは標準条項への依存が強まっている。上流及び下流の契約が時間的制約の下で交渉される場合、サプライチェーン全体を通じた契約内容の整合性は、とにかく供給を確保するという当面の目的を前に二の次となりがちでなる。このような状況下では、例えば、価格調整メカニズム、数量の柔軟性、解除権、不可抗力条項の定義といった点における一見すると小さな条文上の差異であっても、実務上は大きな意味を持ち得る。

こうした、拙速かつ並行的な調達、インフラのボトルネック、ひな型依存の条項作成を特徴とする実務環境の下でこそ、契約上の主要なリスク領域はとりわけ先鋭化する。まさにこの局面で、事態は深刻な事態へと発展し得る。

E. 問題が顕在化する局面:拙速なガス取引における契約リスク

時間的な制約やオペレーション上の複雑性を伴う中でサプライチェーンが構築される場合、契約リスクが単一の欠陥やミスから生じることは稀である。むしろ多くの場合、本来、一体として機能することが前提であるにもかかわらず、そのように十分に設計されなかった複数の契約の間に生じる小さな不整合の積み重ねからこそリスクが顕在化する。

いわゆるバック・トゥ・バック型の取引構造をめぐって問題が生じるケースは少なくない。例えば、ある契約に基づいて購入したパイプラインガスやLNGを、ミッドストリーム契約や下流契約に基づいて再輸出又は卸売再販売するような場合である。当事者は、上流契約と下流契約が整合していると説明することが多いものの、真にバック・トゥ・バックでリスクを移転するためには、表面的な条文の類似性だけでは不十分である。重要な契約条項は、単に文言が似ていればよいのではなく、ストレス下においても相互に整合的に機能することが求められる。以下に列挙する条項におけるわずかな相違であっても、想定外のリスクを生じさせることがある。

  • 価格条項は、とりわけ脆弱になりやすい。契約締結時点では整合しているように見える価格連動(インデックス)式であっても、市場の変動性に直面した際には、異なる反応を示すことがある。特に、一方の契約には価格改定条項や、上限・下限、あるいは価格転嫁の遅延メカニズムが組み込まれている一方で、他方の契約にはそうした仕組みが存在しない場合には、その差異が顕在化しやすい。上昇局面の市場においては、このような非対称性が、商業的な仲介取引を、短期間のうちに構造的な損失へと転化させるおそれがある。
  • ボリュームコミットメントも、同様の課題を抱えている。上流契約におけるテイク・オア・ペイ義務と、下流契約における数量調整や柔軟性に関する規定との間に不整合がある場合、市場環境の制約によりガスの振替や再販売が困難となった局面で、買い手が過大な数量リスクを負うことになりかねない。また、受渡地点の定義、ガス品質仕様、エネルギー含有量に関する定義が契約間で食い違っていることもあり得る。その結果、実際の引渡しが開始された後になって初めて顕在化する紛争を招く場合もある。
  • 解除権及び履行停止権については、特に慎重な検討が求められる。上流契約における解除事由が下流契約で対応付けられていない場合(あるいはその逆の場合)、本来想定されていたリスクの転嫁が崩れるおそれがある。さらに、供給制約が生じている局面において、供給者がアンカー顧客や大口オフテイカーを優先する場合には、その他の取引相手が供給削減の影響を受ける一方で、それに見合う救済措置を契約上享受できないという事態が生じ、こうしたリスクは一層拡大する可能性がある。
  • 不可抗力条項についても、意識的かつ慎重な整合が必要である。契約間で、適用範囲、通知要件、又は影響軽減義務に差異がある場合、本来想定されていた救済措置のリスク・フローが損なわれるおそれがある。とりわけLNG取引の枠組みにおいては、輸送又は再ガス化に支障が生じた場合における、遅延、デマレージ(超過保管料)、ボイルオフ(輸送船内における蒸発)損失、スロットの失効に関する責任の所在について、十分な注意を払う必要がある。
  • 制裁を含む法令・規制の変更に関する条項は、さらなる複雑性を伴うため、特に注意を要する。「法令変更」への対応、コンプライアンス対応コストの配分、解除に至る閾値を定める条項は、契約チェーン全体を通じて、精緻かつ一貫性をもって起草されなければならない。契約チェーンの一部において救済措置を伴う法令変更として扱われる事象や状況は、チェーン全体において同様に取り扱われるべきである。こうした調整が欠けている場合、規制環境の変化によって、特定の当事者(とりわけ上流の買い手)が、当初想定されていた以上に大きなリスクを一方的に負担する結果となりかねない。
  • 財務面及び信用補完に関する取り決めも、繰り返し問題となりやすいリスク要因である。保証や信用状(L/C)を含む信用補完スキームについては、関連する契約間で、その形式及び実質の両面において整合性が確保されていなければならない。また、オフテイク契約が供給者の金融機関に対する担保として差し入れられている場合には、その資金調達スキームが、権利行使、契約変更の柔軟性、あるいは解除に関するシナリオにどのような影響を及ぼし得るのかについて、買い手は十分に理解しておく必要がある。

これらのリスク領域はいずれも、それ自体として目新しいものではない。現在の市場環境を特徴づけているのは、それらが現在交渉されている環境であり、交渉期間の圧縮、インフラ制約、そしてボラティリティの高まりが重なり合って生じている累積的な影響にほかならない。このような状況下では、契約上のわずかな不整合が見過ごされやすく、かつ、短期間のうちに重大な紛争へと発展しやすい。したがって、代替ガス取引については、意識的かつ体系的なレビューを行うことが極めて重要であり、「バック・トゥ・バック」型の契約については、整合性、実務上の機能性、並びに適切なリスク配分の観点から、十分な検証がなされる必要がある。

F. 代替ガスのサプライチェーン全体における契約・規制・財務リスクの管理

これまで当事務所は、ガス及びLNG市場における取引案件の組成と、重要な紛争案件の双方に関与してきた。その経験から確認される一貫した傾向として、契約締結から数年を経て顕在化するリスクの多くが、時間的制約の下で契約チェーン全体の整合性を十分に考慮せずに行われた契約ドラフト起草時の判断に起因していることが挙げられる。現在のような市場構造が大きく変化する局面においては、早期かつ規律ある法的検討は、単なる形式的作業ではない。それは、実務に即したリスク管理のための有効な手段である。交渉段階において、リスクを慎重に特定し、配分し、契約全体として整合させることに投資することで、長期かつ複雑な契約関係の存続期間を通じて、時間的コスト、金銭的コスト、さらには商業関係における摩擦を大幅に低減する効果が期待できる。

第一の対応策は、各個別契約がそれ自体として目的適合的な内容となっていることを確保する点にある。長期の天然ガス及び LNG 契約は、とりわけテイク・オア・ペイ方式で構成される場合、価格、数量及び規制リスクを、長期(場合によっては不安定な)の時間軸にわたって配分する。そのようなリスク配分の商業的合理性は、現実的なストレス・シナリオを前提として検証されるべきである。長期的な均衡を前提とすることができない場合には、当事者が合意した利益を実現し続けることができるよう、適切に調整された修正メカニズムを用いることが求められる。

標準書式やテンプレート契約書が用いられる場合には、特段の注意が必要である。調達プロセスが迅速に進められる環境においては、当事者が先例や市場標準条項に大きく依拠し、それらがいわゆる「テイク・イット・オア・リーブ・イット(それ以上交渉余地のない)」の形で提示されることも少なくない。標準書式自体が本質的に問題を孕むものではなく、多くの場合、実績に裏付けられた有用な枠組みを提供するものである。しかしながら、それらは当該取引固有の事情を踏まえて検証されなければならない。ある商業的文脈においては適切に機能する条項であっても、別の文脈においては想定外の結果を招くことがある。当事者のオペレーショナル・モデルやリスク許容度と構造的に整合しない要素を特定し、早期に対処することは、通常、すべての関係当事者の利益に資するものである。

準拠法の選択も同様に重要である。価格レビュー条項、ハードシップ・メカニズム、不可抗力、解除権及び法令変更条項といった中核的な条項は、適用される法的枠組みがそれらを当初想定された形で運用することを許容する場合にのみ、意図どおりに機能する。例えば、当事者が、合意による修正以外の方法によって契約条件が調整される可能性を一切排除する意図である場合には、予見不能な事象により履行が過度に困難となった場合に契約内容の調整を認める何らかの司法上又は法定のハードシップ理論を承認している一部の大陸法系法域(フランス、ドイツ、スペイン等)を避けることを検討する余地がある。

準拠法に関しては、結果の予見可能性もまた、契約当事者にとって重要な考慮要素となり得る。近年、コモン・ロー法体系を準拠法とするガス及びLNG 契約が増加しており、特にニューヨーク法及びイングランド法が選択される例が目立つ。この傾向は、少なくとも一因として、米国産LNG が国際取引において拡大していることを反映している可能性がある。しかし同時に、先例に基づく法体系に対する選好を示すものとも考えられる。十分に発展した判例の集積が存在することにより、主要な原則や概念が裁判所や仲裁廷によってどのように解釈される可能性が高いかについて、当事者はより高い見通しを得ることができ、その結果、契約関係の存続期間を通じた予見可能性が高められることになる。

契約がより広範なサプライチェーンの一部を構成する場合には、契約間の構造的な整合性を確保することが不可欠となる。価格メカニズム、ボリュームコミットメント、解除事由、不可抗力制度及び規制上の救済条項をチェーン全体にわたって対応付ける、意図的なバック・トゥ・バックの検証を行うことで、それらが紛争として顕在化する前に不整合を特定することができる。目的は機械的な対称性を確保することではなく、一貫性のある調整にある。すなわち、各契約は、契約締結時に意図されたリスク配分を常に念頭に置きつつ、予見可能な市場のストレスや規制介入に対して、相互に整合的な形で対応することが求められる。

紛争解決の枠組みについても、同様の注意が払われるべきである。管轄条項、仲裁合意及びエスカレーション・メカニズムは、契約期間全体を通じて生じ得る紛争について、効率的かつ商業的に実行可能な解決を促進するよう設計される必要がある。同時に、契約全体の枠組みは、直ちに対立的な局面へと移行することを促すのではなく、協調を促進するものであることが望ましい。慎重に構成された通知条項、是正期間及び誠実協議条項は、運用上の困難が正式な紛争へと硬直化する前に、当事者が協働的に解決を図るための余地を提供し得る。長期の供給関係においては、正式な法的救済を確保することと同様に、実務上の関係性を維持することが重要となる場合が少なくない。

もっとも、今日の天然ガス市場のように、政治的及び経済的な影響を強く受ける市場においては、これらの措置のいずれも、見解の相違が生じる可能性を完全に排除するものではない。しかしながら、これらの措置は、管理可能な商業上の摩擦が価値を毀損する対立へと発展する可能性を低減することはできる。当事務所の経験上、契約締結の初期段階における周到なリーガル・エンジニアリングが、とりわけ契約交渉が加速する局面においては、事後的に生じ得るコスト、混乱及びレピュテーション上の負担を実質的に軽減することを、一貫して示している。

急激な規制変更や構造的再編によって再形成されつつある市場においては、周到なリーガル・ストラクチャリングは付随的なコストではない。それは安定性への投資である。